株式会社柴田ゴム工業所 代表取締役 柴田純司氏 インタビュー

大阪市にある株式会社柴田ゴム工業所に訪問させていただきました。
最近ではすっかり見かけなくなったゴムボールのおもちゃ。
ビニール製の安価なボールに押されつくり手も減る一方。
世の中からゴムボールのおもちゃが消えようとしています。
株式会社柴田ゴム工業所様は、その希少なゴムボールをつくりつづけることにこだわる会社です。
国内シェアはNo,1。どこか温かみがあって懐かしい。その"古き良き"を守る心意気を
代表取締役の柴田純司様にお話しを聞いてまいりました。

【エクス編集員】
最近ではあまり見られなくなったゴム製のボールですが、
どういった経緯で作るようになったのですか?
そして今もなおゴムボールにこだわって製造しつづける理由は何ですか?

【柴田氏】
私の父が昭和21年に創業し、私はその翌年に工場であり住まいでもあったこの家で生まれ育ちました。
いまでも防空壕がある古い建物です。
元々は先代が鉄工所をやっていたのですが、戦時中に鉄砲の弾などを作らされるようになってから、
いっきに嫌気がさし閉鎖したんです。
戦後スポンジのボールを手で練って作りだしたのが最初で、
その流れでゴムボールを作るようになり、私が継ぐようになりました。

ビニール製のボール等、海外から入ってくるものには材料費などの問題もあって、
太刀打ちできないなあというのが正直なところです。
しかし、昔の駄菓子屋さんに置いてあった100円や200円で売られているようなゴムボールは、
弊社が製造をやめてしまうと無くなってしまう気がするんです。
そうなるのがとにかく嫌な気がするんです。

そういったことでずっと続けていますが、今でもゴムボールを置いてくれる雑貨屋のお婆さんが、
ビニール製のものに比べて遥かに利幅の低いゴムボールをお店においてくれて、
納品に出向いたついでに缶ジュースをもらったりするととても申し訳ない気がします。笑

【エクス編集員】
ゴムボールが一番景気良く出荷されていたのはいつ頃でしたか?

【柴田氏】
プラザ合意が発表され、為替が変動相場になるまでは良かったんです。
それまでは3拠点を有し、大手メーカのボール部品の製造やバッティングセンターにも
多くボールを納品して利益をあげていましたが、
今では1拠点になりその頃の10分の1ですわ。笑
一番売れていたのは・・そうですねぇ・・孫の手についている肩たたき用のゴムボールでした。

実はあれを最初に作ったのは弊社です。
何かの番組で、あれを作ったのは
どこかの○○が最初だということを言ってましたが、あれは嘘ですね。笑
最盛期の時には全国のお土産屋にあるその肩たたきボールは全て弊社がつくったものでした。
しかし、100円均一ショップが登場しだすと一気に発注は止まってしまいましたね。

【エクス編集員】
情熱的にこれまで続けてこられたという感じがとても伝わってきますが、
ただ単に儲けるためというより、他にもっと何か大切な志をお持ちになられてるように思いますが?

【柴田氏】
お金はそりゃ儲けたいですよ。笑 でも大手企業の方から、
中国にわたってゴム製品の工場長としてやってくれと頼まれたことがあった時に、
この工場をたたんでという条件でしたのでそれは断りました。
そうなるとやはり私は儲けるということを第一として
ゴム製品を作っているということではないようで、
工場の従業員さんを経営者として守らなければいけないということも勿論ありますが、
やはり日本の子供たちに昔ながらのゴムボールを残しておいてあげたい。
今でもそういった昔ながらのやり方で作っている場所がありますよということ知ってもらいたい。
色々なことでテレビの取材等がよく来ますが、全てオープンにさせていただいています。
そういったことが一番の目的としてありますので、そのお話を受けることはできませんでした。

今年に入り、東日本大震災がありましたが、
版権の関係で売りものとしては出すことが難しいアニメのキャラクターの版をボールに印刷し、
被災した子供たちが遊べるようにボランティアとして無料で、持っていってもらいました。
経営は苦しいですが、子供たちを笑顔にしたい。
そういった気持ちのほうがやはり強いみたいです。

【エクス編集員】
今後、挑戦していきたいことは?

【柴田氏】
これは少し自慢になりますが、弊社で作っているゴムボールが
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の衛星はやぶさ回収時の
衝撃吸収素材として採用されたんです。

こういったプロジェクトに関わることが今後もあるなら、また挑戦してみたいと思っています。

~取材を終えて~
最近テレビで「幸せの脱貨幣化」という言葉をききました。
本当の幸せとは何か?「お金が全てではない」と口でいう人はたくさんいるように思いますが、
儲けることよりも、今まで支えてくれた仲間への思いや、自分がこれをやらずに誰がやるのか?
といった強い使命感をもちつづけ、実践されている人柄がとても尊敬でき、
それ故に周りの人もずっと柴田氏についてくるのだと感じました。

[株式会社柴田ゴム工業所]
http://www.shibata-gum.com/

[ゴムボール 製造過程]
http://www.shibata-gum.com/rubberball/process.html