株式会社REON 代表取締役 荒川 伸 氏 インタビュー


大阪にREON(レオン)というアナログ・シンセサイザーのメーカーがあるのをご存知ですか?
アナログ・シンセサイザーは、シンセサイザーの中でアナログ回路を用いて音声合成を行う電子楽器の総称です。
シンセサイザーといえば、有名大手企業が大きなシェアを占めていますが、REONでは完全ハンドメイド、メイド・イン・ジャパンに拘り、近年はアメリカで開催されたNAMM Show(ナム・ショー)という世界最大級の楽器展覧会に鍵盤の無いアナログ・シンセサイザーDiftBoxを出展。
世界の電子楽器メーカーからも注目されるのが株式会社REONです。

国内での企業情報の露出を極力抑えて、海外での出展活動で注目を集めたこのタイミングで
逆輸入的に国内大手雑誌媒体でも情報を開示、弊社の取材にも答えていただけました。
今回は、大手メーカーにはできない独自の製造手法、販売マーケティングを用い、
少年時代からの夢を実現、成功させていく株式会社REON代表取締役 荒川 伸 氏にお話をうかがってまいりました。

【エクス編集員】
いわゆるデジタルで自動的に音色を生み出すシンセサイザーではなく、
自分でダイヤルを回して調整し、音色をつくっていくDriftBoxのような
アナログ・シンセサイザーを開発しようと思ったのは何故ですか?

【荒川氏】
デジタルシンセサイザーはボタンひとつのセッティングで誰でも同じ音が出せてしまいます。
それにはそれの良さがあり、悪いとは思わないのですが、
楽器としての奏でるという面で個性が生まれにくく、
テレビや洗濯機、家電と同じだと思ったんです。
私は楽器は家電であるべきではないと思うんです。
そう思ったときに弊社製品の製造方針が固まったんです。

【エクス編集員】
シンセサイザーには必ず鍵盤があるものだというイメージがありますが、
鍵盤が無いのは何故ですか?

【荒川氏】
鍵盤を弾いて演奏するシンセサイザーの時代はもう終わると私は考えております。
クラッシクは別として月に何万円も出してピアノを習った人しか扱えないようなものではなく、
「触らなくても音がでる」「楽譜が読めなくても演奏できる」つまみを回して音色を創る感覚で演奏し、人間の五感に訴えるようなインターフェスの先駆けとして開発したのが、弊社のDriftBoxなんです。

【エクス編集員】
ハンドメイド、数量を限定する製造法をもちいるとのことですが、それは何故ですか?

【荒川氏】
例えばDriftBoxはレトロなアナログ感のある音色を再現するために、
今では数少ないデッドストックの部品を世界中からかき集めて製造します。
ICチップなどは200個のデッドトックのものを世界中から集めたら、
100個は保守対応用として、お客様に何かあった場合のものにします。
そういうわけで、限定生産というやりかたをさせていただいております。

こういった製造手法は大手企業ではできないやりかたなんです。
弦楽器のように木を削って音を調整するというものではありませんが、
全て手組で製造し、部品一つ一つにも拘ります。
職人さんの世界観とは違いますが、そういった面で製品に魂を込める。そういうやりかたなんす。
弊社のアナログシンセサイザーは、つまみの回し具合や、
個々のセッティングによって、独特で劇的な音の変化を生み出し、
自分にしか出せない音色を奏でることができます。

[DriftBoxを使用したプレー]



【エクス編集員】
アナログ・シンセサイザーへの情熱はいつごろからお持ちだったのですか?

【荒川氏】
中学時代にYMOというバンドに衝撃を受け、
そこで使用されていた当時斬新なMOOG(ムーグ)という
タンスのように大きなシンセサイザーに憧れたのですが、
その時で500万円くらいするものだったので、高価すぎて買えないんです。
そこで中学生でありながら、何を血迷ったか自作しようと思ったんです。(笑)

なけなしの5000円を握りしめて大阪の日本橋の商店で部品を買いにいきました。
商店のオヤジさんに部品となるICチップをくださいと言うとそのオヤジさんが、
「おい坊主、この部品何につかうんや?これは小さい部品やけど、とんでもない代物やで」と言われ、
シンセサイザーを作るために、発信機になるそのICチップが欲しいと言うと、
30年前価格で、1つ5000円しました。ほかにも色々部品を買おうと思ってたんですが、
手持ちのお金を全部はたいて買いましたよ。(笑)

買ってきた部品を家でハンダ付けして、
テストをしようと思ったのですが、電気を通す勇気がなかったです。
失敗してクラッシュしたら一発で5000円がパァですからね。(笑)

色々と試しましたが、こういうやり方をしていたら、ずっと作れないなあと思い、
電子回路も含めてしっかり勉強し、工学部への進学を目指したんです。
大学を出て、大阪の某大手家電企業での開発職を経て、
その後独立したのですが、中学時代に作ろうと思っていた
MOOGのアナログシンセサイザーをいざ作ってみたら意外とできちゃったんですよね。(笑)

【エクス編集員】
御社の情報をインターネットで調べてもなかなか見つかりませんが、
極力情報を表に出さないというのは何故ですか?

【荒川氏】
本当の宝物って、簡単に見つかるものであってはならないと思うんです。
探して探して宝ものを見つけた人は、その製品は絶対手放さないですよね?
弊社の製品もそうありたいんです。
ですから、今回取材を受けさせていただいてはおりますが、
インターネット等で極力情報は出さずに、一部の楽器店に置いてもらって口こみで噂が広がり、
本当に価値がわかって、ほしいと思っていただける人に買っていただきたいと思っております。
隠したら探したくなるのが人間の心理だと思うんですよね。(笑)

ですから、楽器店の店員さんと仲良くなって、弊社の商品がいつ入荷されるのか聞いてもらうなど、
そういったアナログな情報伝達でやっと手に入れた時の喜びは何物にも代え難いと思うんです。

お陰様でDriftBoxの初版は、発売日に予約分だけであっという間に完売してしまったのですが、
それはお客様に本当に価値がわかって買っていただけた結果だと思っております。
探してやっと手にした宝物は、絶対手放したくないですよね?
その証拠に時々Yahooオークションなどをチェックしてみても、
一度も弊社のDriftBoxが出品されているのを見たことがありません。

本音をいうとインターネット全盛の時代で、一度悪い風評がでようものなら、
会社が始まっていきなり出鼻をくじかれるというか、
そういうことを敬遠したいという思いで、情報の露出を制限したということもありますが、
うちは有名大手企業さんのように、月に何台も大量に製造できるわけではなく、
工房のようなところにこもって、手作業で月に何台できるのか・・というような感じでやっていますので、
逆に注文がきすぎても困るという事情も実はあるんです。(笑)

あと、REONは日本より先に海外でマーケットを広げたいという思いがあったんです。
円高で1ドル78円ぐらいのとき、このままでは日本の企業が死んでしまう。
しかしその金額のときにレオンが輸出し、買ってくれる人がいれば、
円安になったときには絶対大丈夫だと思ったんです。
そういうことで日本での情報露出はそこそこにしておいて、
フランクフルトショーやナンムショーといった海外の楽器展覧会に出展し、
その機会をつくっていったんですよね。
日本で弊社の商品が見つからない、そこで逆に、
海外から弊社の製品が逆輸入されるようになれば願ったり叶ったりで、
私としては大成功の証なんです。

会社の名前も荒川電気とせずREONにしたのは国籍を感じさせないためということと、
今後、腕時計などに展開するようなことがあった時に、
弊社のロゴを入れても違和感が無いように考えたからなんです。

REONという会社名は、RE(再び)ON(上昇していく)という意味合いを込め、
再び日本が世界に羽ばたき上昇していけるようにとの思いからなんです。


~取材を終えて~
取材を受けていただいた荒川氏は、本当に楽しそうにお話になられていました。
その目の輝きは、少年時代にシンセサイザーを
自作しようと夢中になった頃の輝きそのものだと思います。

自分の夢を追いかけるとき、誰もがいくつもの壁にぶつかるのだと思います。
しかし、その度に初心に帰り、荒川氏のように
己の原点を見失わなかった人が幾多の困難を乗り越えられる。
今回の取材では、道に迷った時に
自分の気持ちが帰る場所を持った人の強さを感じることができました。
今後もREONの生み出す、見つけれそうで見つけれない宝物から目が離せません。

[株式会社REON]