株式会社日三鋳造所 代表取締役 辻井 俊一郎 氏 インタビュー

皆さんはベーゴマを廻したことがありますか?
元々はバイ貝の殻に砂や粘土を詰めてひもで廻したのが始まりといわれ、
関西から関東に伝わった際に「バイゴマ」が訛って「ベーゴマ」となった鉄製のコマです。

大正時代から、日本の高度成長期まで子供たちの遊びの主流の一つだったものです。
近年、子供たちの遊びといえば携帯ゲーム機などが影響を強く与えていますが、
そんな時代においてもベーゴマを日本で唯一製造し、その楽しさを力強く継承し続ける会社があります。

今回は、株式会社日三鋳造所 代表取締役 辻井 俊一郎 氏に、
そのベーゴマへの情熱をインタビューさせていただきました。

【エクス編集員】
御社がベーゴマを造るきっかけは何でしたか?

【辻井 氏】
元々鋳物工場の多くが職人さんの片手間仕事としてベーゴマを作っていました。
昭和45年頃、川口駅前の再開発が始まり、駅前の鋳物工場が何件もやめていきました。
その中にベーゴマを専門的に作っている工場がありました。
当時べーゴマを作る会社は1~2軒になっていましたので、
ベーゴマの製造を引き受けてくれる工場を捜していた中で当社に白羽の矢が当たり、
全面的にベーゴマの製法を引き受けて、製造を始めました。

【エクス編集員】
御社は国内で唯一のベーゴマ専門メーカーですが、
「ベーゴマを造り続ける」というモチベーションはどういったところにありますか?

【辻井 氏】
ベーゴマの製造当初から、ほとんど1軒だけになっていたので当社が製造をやめると
ベーゴマがなくなってしまうという気持ちは強くありました。

ベーゴマの製造をやめる決心をした時がありました。
工場周辺の宅地化や従業員の老齢化による退職で製造を続けるのが困難になり工場を閉鎖することになりました。
当然、ベーゴマの製造も行えなくなりました。
工場閉鎖後の1年間は、在庫分のベーゴマでしのいでいましたが、いよいよ在庫がなくなり、
ベーゴマの出荷が終了することになった時、新聞に「ベーゴマが消える」という記事が載りました。
その時、全国の子供たちやベーゴマファンから沢山の手紙を頂きました。
その中には「ベーゴマをやめないで下さい。お金を送りますから、これで続けてください」と
100円玉がテープで貼り付けてありました。

同じような手紙を何通も頂きました。
そして玩具問屋さんからも「一生懸命売るから、製造を再開してもらえないだろうか」と何軒もの依頼がありました。

知り合いの鋳物工場の一角を借りて少しずつベーゴマの製造を再開したのは、その頃でした。
鋳物工場の社長さん達の協力でベーゴマ作り再開をする事が出来ました。
皆様からの熱い励ましの手紙や言葉が再開の決心の後おしをしてくれました。

それが今に続いていると思います。

【エクス編集員】
ベーゴマ文化を絶やさず、また広めるための活動もされているそうですが?

【辻井 氏】
とにかくベーゴマ文化を絶やさない様にする。
責任を強く感じていましたので何とか絶やさずに広げていきたいと思ってまいりました。
10数年以上、川口や都内各地でベーゴマ大会や普及活動をしております。
現在、全国ベーゴマ選手権大会等を川口市長の後援を受けて行っています。
今年は11月3日に市内で行いました。全国各地より参加者が多く集まり、熱戦をくりひろげ多いに盛り上がりました。

【エクス編集員】
近年、子供たちの遊びといえば携帯ゲーム機などが大きな影響を与えていると思いますが、
そんな子供たちにベーゴマのどういった魅力を感じてもらいたいですか?

【辻井 氏】
とにかく最初は簡単に廻す事が出来ない。
苦労してヒモの巻き方、廻し方を覚えて出来る様になるまでが一苦労です。
そして相手と勝負して勝つためには色々な工夫が必要です。

つまり、簡単にあっさりと廻して勝負して勝つことが出来ません。
忍耐力、集中力そして工夫する力を知らず知らず身につけていきます。
それが楽しい、そしてはまっていくのです。


ベーゴマの対戦は老若男女の区別なく全て「ガチンコ」なので幼稚園の子供から、
70代のお年寄りまでが一緒に真剣に戦って子供が勝つ事も多々あります。
子供も老人も女性も皆が一緒に楽しむことが出来、世代間の交流が自然に出来てしまう。
お互いに真剣になれる事は素晴らしいと思います。

【エクス編集員】
今後、会社として達成したい目標などをお教え願えますでしょうか?

【辻井 氏】
沢山の人達にベーゴマの素晴らしさを伝えて、普及する事。
そして、いつまでも絶やさない様、ベーゴマを作り続ける事。
いずれは、世界大会が開催出来る様に努力していきたいと思います。


~取材を終えて~
私は30代ですが1980年代、小学生の頃に廻したコマといえば、
中心に長い鉄の芯がある、比較的廻し易いものでした。
しかし、とある週刊少年誌で連載されている警察官が主人公の漫画で、ベーゴマを廻す場面があり、
それに触発されて近所の友人たちと、ベーゴマを必死で探し、皆で購入した思い出があります。

取材の中でもありましたが、とにかく正しくヒモを巻くことと、しっかり廻すことが難しく、
日が暮れるまで何度も何度も練習しました。
そして、それが出来るようになった時の嬉しさや、「俺、廻せるんだぜ」といった、
ちょっとしたステータスのようなものを子供ながらに感じて、楽しんでいたように思います。
もしかすると、あの時廻していたベーゴマは日三鋳造所製のものだったのかもしれません。

今回、取材をさせていただいて、はじめてベーゴマを廻せた時の喜びを思い出し、
そういった体感を今の子供たちにもしてもらいたいと私も思いました。

また、ベーゴマの全国大会は老若男女、年齢問わず今からでも本気で練習すれば日本一も夢ではない。
夢のある一種のスポーツカテゴリーだと思いました。
子供の頃に味わった、いつまでも色あせないベーゴマとの思い出。
これからも変わらず子供たちに伝わり、更に広まってもらいたいです。

【ベーゴマの世界 昔懐かしい昭和のベーゴマ】