株式会社ミズノインダストリー波賀 グラブマイスター 岸本耕作氏 インタビュー


日本で最もポピュラーなスポーツといえば、野球という方が多いのではないでしょうか。
「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する。」を経営理念として、
様々なジャンルのスポーツでその品質を実証するミズノ株式会社。
ミズノ株式会社には、その品質を求める多くの契約プロ野球選手がいます。
その中でもやはり注目度が高いのがメジャーリーグで活躍するイチロー選手。
今回は、ミズノ株式会社より同社の野球グラブ製作者中最高位の『グラブマイスター』であり、
イチロー選手を担当されている、岸本耕作 氏に、
ものづくりへの思いをインタビューさせていただきました。

【エクス編集員】
イチロー選手をはじめ多くのプロ野球選手のグラブ製作に携わられていますが、
プロ野球選手が使用するグラブが出来上がるまでにはどのような工程があるのでしょうか。

【岸本氏】
主な工程の流れは、革選び、裁断、縫製、紐通し、仕上げです。
この工程は、プロ選手のグラブも一般販売用のグラブも同じです。
最初に大切なのは革選びです。
グラブの材料となる牛革は天然素材なので、すべての革には個性があり、
二つとして同じグラブが存在しない理由はここにあります。
選ばれた革は約25個(形・モデルによって異なる)のパーツに裁断され、
ミシンで縫い合わせます。
何枚もの革を重ねて縫う工程は、力も要しますし、
一度縫った場所にはミシン針の跡がついてしまうので失敗もすることもできません。
非常に難易度は高いです。
革パーツを縫い合わせた後、グラブ周辺や指先部分に革紐を通し、
最後に木槌などを使って革を柔らかくしながら
キャッチしたボールが入る部分(ポケット)の形も作っていきます。
仕上げ段階では、何度もグラブに手を入れ、完成形に少しずつ近づけていきます。
これらの作業のほとんどが手作業ですので、
1人の職人が1個のグラブを仕上げるには約3~4時間かかります。

【エクス編集員】
イチロー選手を担当されているということで、
どうしてもそこにまつわるエピソードが気になってしまいますが、
イチロー選手とグラブを製作されていく過程で思い出深い出来事や、
同選手独自の「グラブに対するこだわり」といった面をお教えいただけますでしょうか。

【岸本氏】
イチロー選手とのエピソードで一番思い出深いのは、
私が作ったグラブを初めてお渡しした時のことでしょうか。
私がイチロー選手のグラブを担当する前は、坪田信義さんというグラブ名人と呼ばれる方
(当時ミズノ社員、2008年引退)が作られていました。
2006年に坪田名人の後継者として紹介されて、イチロー選手のグラブを作り始めましたが、
アメリカに訪問しお渡しした6個は1個も受け取っていただけませんでした。
一つ一つ手にはめて感触を確かめ、首をかしげながら
「手首や肘にストレスを感じます」「違和感があります」とのご感想。
先輩の坪田名人と同じように作ったのに、どこがどのように違うのか・・・
ショックを受けて6個のグラブを携えて帰国しました。

その後、何個も何個も作り直しイチロー選手に見ていただく、という日々を繰り返しましたが、
ようやく2007年夏に試合で使っていただけたときは本当にうれしかったです。
今思えば、先輩の坪田名人が作られたグラブを忠実に再現することに囚われていたのだと思います。
グラブは作業の殆どが手作業ゆえに、
同じグラブを作っても作り手が変われば完成形のグラブの「顔」も異なってきます。

イチロー選手の求めておられることを自分自身で解釈し形にしていこう、
そう思えた時から少し道が開けてきたように思います。

【エクス編集員】
イチロー選手をはじめプロ野球選手は皆さん個々のグラブに対するこだわりがあると思いますが、
今まででそのこだわりをグラブとして具現化するのに最も難しかったことは何ですか?

【岸本氏】
プロ野球選手にとってグラブはご自身の手の一部、大切な道具ですので、
どの選手もそれぞれこだわりをお持ちです。
対話を重ね修正を加えながら選手の求めるグラブに近づけていくしかないのですが、
一例を挙げますとヤクルトの宮本慎也選手でしょうか。
宮本選手に言われたのは、グラブは人間の手と同じで小指が短いので地面に付けたときに
小指の部分に少し隙間が空くような感じがします、と。
ボールがその隙間から抜けてしまうようなイメージを持たれたようです。
そのため小指と人差指の長さを同じにしました。
また宮本選手がショートからサードにコンバートされたとき、
グラブもサード用のモデルに変わりましたが、大きさでとても悩んでおられるようでした。
結局、大きいといわれたグラブよりも8mm小さくしました。

グラブは作業工程の引っ張り加減で2、3mmくらいの
誤差は出てくるものですので、非常に神経を使います。
選手のご要望も、サイズを小さくしたり大きくしたりということでしたら分かりやすいのですが、
手を入れたときに遊ぶとか、革のタッチをもう少ししっとり、などは非常に難しい。
一日の中で手のむくみ方も違いますし、その辺のさじ加減が非常に大変です。

【エクス編集員】
岸本様がグラブ製作をされる上で最も大切にされていることは何ですか?

【岸本氏】
私に限らずミズノのグラブ作りに携わる人間は
「品質は工程で作りこむ」を合言葉に作っています。
革選びから最後の仕上げまで、それぞれの工程で完成形をイメージしながら、
一つ一つの工程を丁寧に仕上げていく、ということです。
その積み重ねでしか、高品質のグラブが出来上がっていかないと思います。
また気持ちの面では、ものづくりをしている一人として
「謙虚さと向上心」が大切だと思っています。
例えば、イチロー選手のグラブを作っている人間だといっても自慢にもならないわけで、
自分は特別な人間ではないという気持ちでいないとダメですね。
まわりの仲間との連携があってこそ、1人では出来ない仕事です。

【エクス編集員】
岸本様がグラブ製作をされていて、最も達成感を感じる瞬間はどのような時ですか?

【岸本氏】
グラブ職人にとっての喜びは、そのグラブを使っていただいた選手の
好プレーを見たときだと思います。
なかでも、ゴールデングラブ賞を獲得されたときなどは、
守備がうまい方に与えられる賞ですので、本当にうれしいです。
毎年、受賞者をチェックしていますが、私の担当した選手に限らず、
ミズノのグラブを使用していただいている選手であれば誰でもうれしいですね。

【エクス編集員】
グラブ職人でなかったら何をされていたとおもいますか?

【岸本氏】
以前に見たことがあるのですが、髑髏(ろくろ)を回しながら、
自分の素手だけで作りあげていく陶芸をやってみたいと思います。
職業には無理ですが・・・

【エクス編集員】
今後の目標をお教えください

【岸本氏】
グラブ作りの夢としては、いままでに見たことのないグラブを作ってみたいです。
どういうものか具体的には難しいですけど、
選手やグラブ職人がうわっ、と驚くようなグラブを作ることです。

~取材を終えて~
ものづくりとはほんとうに奥が深い、
それがクライアント個々の要求に合わせ作り上げるものであれば尚更であるということを感じました。
「グラブマイスター」と言われ、その道に特別長けている人であっても一筋縄ではいかない。
そういう厳しい仕事であるということをイチロー選手とのエピソードから教えられました。
「謙虚さと向上心」。とある伝統工芸士が「ものを作る人間は自分が一人前だと思った瞬間で終わり」
とおっしゃられましたが、 岸本氏のその言葉にも通ずるものがあると感じました。
今回の取材を終えて、岸本氏の思いのこもったグラブを使うイチロー選手のプレー、
そして特に守備でのグラブさばきから一層目が離せそうもありません。

[ミズノ株式会社│mizuno.jp]