だから適当にはできないな、と。, 5歳でしたね。スイミングを習っていたのですが、耳の病気で1週間くらい入院をしました。退院したあとも1週間くらいは安静が必要でしたが、もともとスポーツ少年だったので、じっとしているのがあまり得意ではありませんでした。ちょうどお正月ということもあって、家の中で、かつ、家族で何か遊べるものを、ということで母が将棋を選んだのです。, いいえ、誰も知りませんでした。父がルールくらいは知っていましたが、わたしはルールからわからなかったので、やりながら覚えていきました。, なぜかは覚えていませんが、のめり込みました。勝てたときにうれしかったというのもありましたし、いろいろな動きをする将棋の駒を自分で好きなように動かすことができるというのが一つの魅力だったのではないでしょうか。退院したあと、自分が自由に動けない状況で、盤上なら好きに動けるから楽しい、と思えたのかもしれません。その後、父ではすぐ相手にならなくなってしまったので、ちゃんとしたところで教わったほうがいいんじゃないか、ということで、将棋会館の子どもスクールに通い始めました。, 小学生時代は、時間も限られていたということもあって、効率よく集中して宿題などをこなすように努力をしていました。割合的には将棋の方に時間を割いていたので、勉強は、合間、合間に集中してやっていました。将棋会館に通う移動時間に宿題をやることもありましたね。, そうですね、それが少し悲しかったときもありました。でも将棋の教室というか道場みたいなところに通うと、そこには自分より1~2歳上ですが、友だちはいたので、そこに行って楽しんでいました。将棋を通して仲間ができた、という感じですね。, ――中学校は中高一貫校の都立白鷗高校附属中学校を受検されていますが、その選択は、将来将棋の道に進んでいくことを踏まえ、高校受験がない、というのがポイントだったのでしょうか?, そうですね。わたしは、小学生の時点で、奨励会というプロになるための機関に入っていました。それは、小学生にとっては厳しすぎる決断なんですね。四段からがプロなのですが、その前段階の三段になるのがとても厳しく、また、この三段に上がる時期は、多くの場合、高校受験の時期とぶつかるんです。15、16歳くらいですね。そこで高校受験だからといって、学校の勉強と将棋の勉強を半々にやっていては勝てない世界なので、親は将棋だけに集中させたかったという思いがあったのだと思います。, そうです。また、白鷗は伝統文化への理解がありまして、将棋の対局などで休んでも公欠扱いにしてくれるのです。そのため、単位が足りなくて卒業できないということもありませんでした。さらに、わたしが小学生のときからずっと一緒に道場に通っていた、1歳上の方が白鷗に入っていたので、その人がいれば自分も大丈夫かな、という安心感もありました。, ただ、中学1年生のときは、環境に慣れるまで時間がかかりました。ほかの人は、受検のための勉強をして、塾にも通ってこの学校に入ってきているので、やはり頭がいいというか、勉強の面では追いつくのが大変でした。ただ、追いついてしまえば楽だと思っていた部分もあったので、中1で追いついてやろう、という気持ちで、がむしゃらに勉強した記憶があります。そのころは、勉強と将棋には半々位の割合で取り組んでいました。, ――勉強と将棋でたいへんだったと思うのですが、高校ではさらにバスケ部に入部していますね。どういうきっかけで入られたのですか?, 同学年に憧れの選手がいて、彼のプレーを見たときに、「ああ、すごいな」って思ったんですね。わたしはあまり上手ではありませんでしたが、「一緒に体育館でプレーできたらきっと楽しいだろうな」と、そういう気持ちもありました。将棋と学業の両立という部分では、先生にも恵まれていました。将棋のことをちゃんと理解してくれていたのと、あとは基本的に優しかったですね。プロ棋士になってからは平日も対局があるのですが、学校を休んで授業に追いつけなくなりそうなときに、わからないところを時間をとって教えてくださるなど、いい先生が多かったな、と思います。友人にも恵まれ、一生ものの友人にも出会えたと思っています。, プロ棋士になったらもう一人前の扱いです。自分のことには自分で責任を持ちなさい、と。, もう働いて、それでご飯を食べていますから。プロ棋士になれたら一生、安定とはいえないですが、いちおう職業は決まったので、親としては安心なんですよ。あとは自分次第、がんばるかがんばらないか。ただプロ棋士になれるまでは、けっこう心配をかけたんじゃないでしょうか。, ⇒次のページに続く 勝負の世界で生きる佐々木さんの、将棋への思い、原動力になる気持ちとは!?, 1994年スイス・ジュネーブで生まれ、2歳までフランスに滞在。帰国後5歳の正月に将棋を始める。小学3年のとき全国小学生倉敷王将戦低学年の部に出場し優勝。4年で小学生将棋名人戦で優勝。同年、奨励会入会。その後、伝統文化を積極的に取り入れている中高一貫校・都立白鷗高等学校附属中学校に入学、2008年、中学2年4月に13歳8ヵ月で三段に昇段。2015年10月まで三段昇段の最年少記録保持者だった。2010年、16歳1ヵ月でプロ入り。2016年度の年間対局数は65局、堂々の1位タイで最多対局賞を受賞。2017年7月に六段に昇段。. 12月29日(日)千秋楽ライブビューイングが決定!, 公式サイト:https://p5-the-stage.jp/ 大人気RPG『ペルソナ』シリーズ『ペルソナ5』を舞台化した「PERSONA5 the Stage」に出演する佐々木喜英さん。2年前に大ケガを負い、長いリハビリ期間を経て本格復帰した今、どんな思いで作品に臨んでいるのか。療養期間のことや今後についてインタビューしました。 今回ズームアップするのは、将棋棋士の佐々木勇気六段。2017年の夏、中学生棋士藤井聡太四段の公式戦30連勝を阻止し、公式戦初黒星をつけたのが佐々木六段だ。5歳から将棋を始め、16歳1ヵ月でプロデビューした佐々木六段は現在23歳。 アルバイトや転職に役立つ情報が満載!最新のお仕事ニュースなら【タウンワークマガジン】, 大人気RPG『ペルソナ』シリーズ『ペルソナ5』を舞台化した「PERSONA5 the Stage」に出演する佐々木喜英さん。2年前に大ケガを負い、長いリハビリ期間を経て本格復帰した今、どんな思いで作品に臨んでいるのか。療養期間のことや今後についてインタビューしました。, ――舞台『血界戦線』の公演を終えたばかりで、休む間もなく「PERSONA5 the Stage」の稽古に合流されたんですよね。, 舞台『血界戦線』では推定年齢150歳以上のラスボスを演じましたが、「PERSONA5 the Stage」では高校生役なので、かなり若返りました(笑)。僕が演じる明智吾郎は世間で評判になっている高校生探偵で、王子様のようなキャラクター。1年半以上ぶりに歌も披露する予定です。, 原作であるゲームをプレイした時にまず感じたのは、一作品内でここまで変わるキャラクターなんだということでした。みんなから愛される高校生探偵と思いきや、後半では彼の奥底に秘められた部分が出てくる。僕自身、振り幅の大きな役は大好きなので、今すぐにでも舞台に立ちたいぐらいです。, ――意欲たっぷりですね。振り幅の大きな役が好きということですが、作品によって佐々木さんの見せる顔がまったく違うので、どれが本当の顔なのか分からなくなってしまいます。, 俳優は作品によってカメレオンのように姿を変えなくてはならないので、キャラクター作りは毎回こだわりますね。僕は原作がある作品に出演することが多く、毎回同じだとつまらないですし、「今回はこういう見せ方をするんだ」と新鮮な驚きを与えられたらと思って臨んでいます。, 演出家さんしだいですね。「(アニメに)声を似せて」という方もいますし、「モノマネから入らないでくれ」という方もいるので、演出家さんがどういう世界観をつくろうとしているかを探ることから始めます。個人的にはアニメに似せたいという思いはあります。どこかしら似ていたほうが原作を知っているお客様には入りやすいでしょうし、僕自身も役に入りやすい。与えられたキャラクターは毎回、徹底的に研究します。, ――そんな苦労があってキャラが完成するんですね。今回、佐々木さんが演じる明智のアルカナ(タロットカード)は「正義」ですが、佐々木さんにとっての正義はどんなことですか?, 僕の正義というか、モットーにしているのは「Show must go on」ということです。2年前、公演中にケガをしてしまって、入院、手術、リハビリを余儀なくされたんですが、本番中、何が起こったとしても絶対に芝居を止めてはいけない、ショーを続けなくてはならないと身をもって実感しました。, ――よく耳にする言葉ですが、実際にアクシデントを体験した佐々木さんだからこその発言だと思います。リハビリ期間はどんなふうに過ごしていたんでしょう?, 最初は足に体重をかけることもできなかったので、ただ寝ることしかできずにスマホゲームなどをやって時間を費やしていました。でも、そのうちにこんなことをやってちゃダメだと、今後につながる何かを始めたいと思い、少し歩けるようになった頃からピアノを習い始めたんです。ピアノは小学生の時に習ってたんですけど、ブランクがあったのでもう一度ちゃんとやろうと。そして、弾き語りができるようになり、せっかくだから動画をYouTubeで公開してみようと投稿し始めました。投稿数はまだ少ないんですけど、仕事が落ち着いたらどんどん投稿していこうと考えています。, ――それまで舞台で演技をして歌ってアクションをして、と動きっぱなしだった佐々木さんにとって、ベッドで過ごす日々はかなりの葛藤を抱えていたのではないでしょうか。, 正直、しんどかったです。退院後はリハビリに通ってひたすら同じメニューをこなして……という2年間でした。早く舞台に立ちたい気持ちと、立って大丈夫かなという気持ちが半々で、そんな時に始めたTwitterでファンの皆さんから温かい言葉をいただいたり、歩けるようになったら役者仲間と食事に行き、なかには似たような経験をした人もいたので助言をもらったり、いろんな方から助けてもらって復帰することができました。, 所属していた事務所を今年3月に辞め、フリーとなってからTwitterを始めたんですが、やはりTwitterを通じてファンの皆さんと交流ができるようになったことは大きかったですね。それまでブログしかやっていなかったので、こんなにも早く情報が広まり、こんなにも早く言葉が届くんだと驚きました。, ――応援してくださる方の直接の声が励みになったと。環境の変化も大きな出来事となりましたね。, フリーになった以上、これも勉強の場だからやってみようと。今までマネジャーさんにやってもらっていたことを自分でやるようになったんですけど、ビジネスメールの返信もわからなくて、1から勉強しているところです。不安もありますが、新しい道を切り拓くことは自己プロデュースしているように思いますし、それもある意味、表現のひとつなのかなと思っています。, もともとダンスや殺陣が好きで、僕の武器でもあると思っていたんですが、それを封じられたことで、今の自分には何ができるんだろうと。さっきお話したピアノもそうですし、アニメを見ながら「声優さんのセリフまわしはスゴい」って改めて声の芝居を研究したりしていたので、今後の僕のパフォーマンスや得意ジャンルにも変化が出てくると思います。, ――日々、生活している中で心が折れそうになってしまうこともあるかと思うのですが、佐々木さんはそんな時、どんなふうに乗り越えてきましたか?, いっぱいいっぱいになってる時って視野が狭くなってしまうと思うんですけど、そういう時こそ自分を客観的に見てあげることで、他の選択肢が見えてくるんじゃないかなと。僕もケガという予想外のハプニングに見舞われましたが、ブランクを経たことによって再開したピアノや、声のお芝居、仕事への向き合い方などまた新たなものを得たと思っています。, ――物事を一歩ひいた視点で見ることも大事だと。では、お仕事をするうえで大切にしていることは?, “クオリティ”です。来ていただいたお客様の期待に少しでも応えられるよう、そして、より質の高いものをお届けできるよう、空き時間があると練習しています。先月出演した舞台『血界戦線』でも僕の出番は後半のほうだったので、少しでもアクションや殺陣のクオリティを上げるために一幕中ずっと楽屋で練習をしていました。, ――そんな佐々木さんにとって「舞台」とは? そして、「演じること」とは何でしょう。, 初めて演技に触れたのが中学生の頃で、気がつけば人生の半分以上、舞台に携わっているので、“生活の一部”というか“なくてはならないもの”です。, ――最後に、目標に向かって頑張っているけど、なかなかうまくいかないという若い世代へアドバイスをお願いします。, 夢に向かって突き進んでいく中で、すべてがうまくいくことなんてほぼないと思うんです。何かハプニングが起きてしまった時、それを乗り越えられるかどうかが大事で、そんな時こそ自分を客観的にみて、他にどんな選択肢があるのか、自分は今何をするべきなのかと視野を広くもつことで、そこを抜け出す何かが見えてくるのではないでしょうか。, 僕の場合は「見えた」というより、遠くに見える光、それが何なのかまだ分からないけれど、新しいものに向かって進んでいってるという感じです。俳優・佐々木喜英がどんなふうに出来上がっていくのか、自分でもワクワクしています。, 【大阪公演】12月13日(金)~15日(日) 大阪メルパルクホール
それは、将棋の神様から託されたものがあるからだと信じています。

こんばんは(≡^∇^≡) 埼玉県三郷市の広報に佐々木勇気六段のインタビュー記事が載ってます。 表紙も佐々木勇気六段です。藤井聡太四段との対局についても話して… こんばんは(≡^∇^≡) 埼玉県三郷市の広報に佐々木勇気六段のインタビュー記事が載ってます。 表紙も佐々木勇気六段です。藤井聡太四段との対局についても話して… ハラマイ, ぴあ中部版WEBに掲載されているすべてのコンテンツ(記事、画像、音声データ等)はぴあ株式会社の承諾なしに無断転載することはできません。, ぴあフィルムフェスティバル(PFF), プレリザーブなど先行情報はこちら, 1週間分の一般発売情報はこちら, 現在開催中の公演や来月・再来月の, 割引や特典付のチケット情報などは. 公式Twitter:@p5_the_stage, ©ATLUS ©SEGA ©SEGA/PERSONA5 the Stage Project, お問い合わせ | ご利用規約 | プライバシーポリシー | ヘルプ | サイトマップ | 掲載をお考えの方はこちら, 俳優・佐々木喜英さんインタビュー 「2年間のリハビリを経たことで新たな道を開拓。これからの自分にワクワクしている」, 声優・工藤晴香インタビュー『仕事は人間関係が生まれる場所。“工藤晴香の現場は楽しい”と思ってもえるような関わり方をしていきたい』, ミユキエンジェル(豆柴の大群)インタビュー『立ち止まっていた時期に、自分を救ってくれたのがアイドルという存在だった』, 俳優・古川雄輝さんインタビュー 「夢や目標があるのなら、自分から行動したほうがいい。新しい何かを発見できるはず」, 松尾太陽インタビュー『悩みを引きずるより、目の前にあることに一生懸命に取り組むことで前に進める』, 瀧野由美子(STU48)インタビュー「やらないで後悔はしたくない。ぶつかりに行く勇気を持つことが大事だと思います」, 俳優・瀬戸康史さんインタビュー 「大事なのは続けること。やらされている感覚から、自分がやりたいと思えるものに変化した」, リョウガ(超特急) インタビュー『未来の道を決められない時は、誰かに後押ししてもらってもいいし、誘われて始めてもいい』, 俳優・小関裕太さんインタビュー 「役者にゴールはないけれど、答えのないところを走れることに魅力を感じています」, 古川 慎 インタビュー『バイト先の先輩・仲間の後押しが声優の夢を叶える原動力になった』, 月ノウサギ(PARADISES)インタビュー『挑戦して一生懸命に取り組むことで見つけられる楽しさがある』, 「自分に自信がない? それって自信がある裏返しだから」カマたくさんに聞く自分に自信を持つ方法, しっとりジューシー!こくウマ鶏照り丼:料理研究家ジョーさん。の『楽うまレシピ♪』第10回, 【経験別に選べる】履歴書テンプレート(エクセル、ワード、PDFで無料ダウンロード), 2020年版│扶養範囲を外れないパートの働き方は?社会保険・税金扶養内の条件(130・150万など年収の壁). ニコニコ生放送で放送された『第65期王座戦 第4局』に、解説として永瀬拓矢六段、聞き手として貞升南女流初段が出演。お便りコーナーでは、佐々木勇気六段に関する質問が届き、永瀬六段が答えました。 佐々木亮介 インタビュー 「外を生き抜くのはしんどいけど、音楽があるから何ものにも勝る喜びがある」 今年6月、a flood of circleのボーカル・ギター佐々木亮介が、初となるソロアルバム「LEO」のリリースを発表した。 今回参加している棋士は、部長の門倉啓太五段をはじめ、片上大輔六段、佐々木勇気六段、伊藤真吾五段、上村亘四段、斎藤明日斗四段の6名。講師は菅菰会副理事長の佐々木恵陽先生です。 なんでその揮毫に決めたの? 棋士に聞いてみた!