広島と長崎に原爆が投下されてから75年となるのに合わせて、アメリカの大統領として初めて被爆地・広島を訪問したオバマ前大統領が声明を発表し「原爆による破壊の規模と広島の奇跡の復興を理解するにはその場所に立たなければならない」と述べ、現地を訪問することの大切さを強調しました。 ブログを報告する, 「オバマの広島」はどちらが正しいか〜「広島サミット誘致」日経説vs門田説を検証する〜, 蓮舫氏の国籍問題についての超基本QA~アゴラ池田氏を鵜呑みにする前にチェックしておきたいこと~. 米国が広島に原爆を落として71年。現職の米大統領として初めてオバマ氏が5月27日、被爆地を踏んだ。原爆犠牲者を追悼し、「核兵器なき世界」を追求する決意を世界へ発信するためだった。平和記念公園(広島市中区)にいたのは52分。短い時間で、そ…

「世界の場で、原爆投下映像に拍手を送っていたオバマ氏にダマされて拍手なんて送るな!」と、長谷川豊氏が主張しています。広島のオバマ氏の言動は猿芝居だという主張です。, 異論が出るのは健全なことです。しかし、その異論がフェアかどうか。オバマ氏は嘘つきなのかどうか。検証してみました。, こちらは2014年当時、ロンドン支局にいたJNNの貞包史明という記者が日本に届けた、渾身のルポである。私自身はこの貞包氏という記者と面識はないが、極めて秀逸な素晴らしいルポだ。, 2014年6月にフランスで行われたノルマンディー上陸作戦記念式典は、ロシアのクリミア半島併合後、初めて西側諸国の首脳陣とロシアのプーチン大統領が顔を合わせる場として、世界的な注目を集めた。そこに取材に行った貞包記者が目にしたのは「戦争」をモチーフにしたパフォーマンス。, 原爆が投下される映像が大スクリーンで流され、会場に詰めかけた多くのアメリカ軍関係者をはじめとする観客からは大きな拍手が巻き起こった。当然だ。アメリカにおいて、原爆とは「戦争を終わらせた正義の神の矢」だからだ。, そして、ロシアのプーチン氏だ。柔道を通じて、親日家としても伝えられるロシアのプーチン氏は…原爆が投下される映像を見ながら、顔を歪めたと思ったら、次の瞬間である。, 胸の前に十字を切り、日本の犠牲者への祈りを送ったのだ。拍手に包まれる、笑顔全開の会場の中で!頼むから、日本人全員、このリポートを見ろ!, 政治とは「結果」だ。政治とは「何かを動かすこと」だ。それをするために、政治家たちは大量の通常ではとても考えられない金と権力を持つことを許されているのである。, 原爆投下映像に賛美の拍手を送っていたオバマ氏の…「歴代大統領下で最も優秀」と噂されるスピーチライターが書いた原稿の「上手な朗読」に拍手を送る93%の日本人全員に下記事実だけ告げる。, 確かに、1分50秒ごろに、原爆の映像があり、オバマ氏他が拍手。そして、メルケル氏は拍手せず。プーチン氏は十字を切っています。「プーチン氏の十字」はTBSのカメラが捉えた、と説明されています。, では、式典の全体ではどうでしょう。以下の式典ロングフル映像(※)の2時間35分頃を見てみてください。原爆があり、オバマ氏他が拍手しています。プーチン氏の十字は出てきません。, 大前提として、これはノルマンディー上陸記念式典(an international D-day commemoration ceremony)です。連合軍がドイツへの反撃のためにフランスに上陸した作戦を記念した70周年式典。, スクリーンの映像とステージのパフォーマンスは何を表しているか。それはフル映像を見れば明らか。, 2時間35分目の原爆投下までは、第二次世界大戦の終わりを描いています。パリ解放、ロンドン、モスクワなどの歓喜の映像があり、その後、原爆投下で一区切り。そこで拍手。, オバマ氏たちの拍手は、原爆ということではなく、連合国が戦争を終結させたことへの拍手でしょう。, 戦勝国としては当然のことです。ここで拍手しないということは、ノルマンディ上陸作戦の意義も否定することになってしまいます。また、その時点で拍手はわき上がっていました。オバマ氏だけでなく、戦勝国側出席者は、こぞって拍手をしていたと推定できます。, ただし、原爆の映像の際には、パフォーマーたちは、嬉しそうにしていません。それまでの陽気な音楽が終り、原爆の映像となった瞬間、ストップモーション的に演技を停止しています。口に手を当てている女性など、むしろ被爆する側の瞬間を表現しようとしているようにも見えます。, 原爆の映像は、戦争の終わりを示すとともに、戦争の惨禍を示すものとしても使われていると理解できます。, そうでなければ、原爆の後で、第二次大戦終結を祝う、たとえばニューヨークの映像が挿入されるはずです。, メルケル氏が拍手していないかどうかは確認できませんが、拍手していないと推定されます。それは、戦争に負けた側なので、当然です。ここでメルケル氏が拍手したら奇異です。原爆どうこう、ということとは別問題でしょう。, プーチン氏の十字ですが、どこの時点の十字かは映像からはわかりません。が、流れとして理解するのは、原爆投下も含めた惨禍の死者に対する追悼の動作、と理解するのが適切でしょう。, もちろん、プーチン氏は戦勝国ソ連の後継国であるロシア大統領なので、戦勝国として勝利に対して拍手したとしても不思議はありません。拍手していたかどうかは、映像からはわかりませんが。私は拍手したと推定します。, そしてむしろプーチン氏の十字のシーンは、続く悲惨な映像の時に撮られたものではないでしょうか。, 長谷川氏の「プーチン氏が親日家」に至っては、あきれるばかり。元KGBで柔道好きというだけ。本当の親日家ならば、北方領土を返してくれるはずです。(というのは言い過ぎですが), そもそも、原爆はノルマンディー上陸作戦記念式典の中心テーマではないわけです。ノルマンディー上陸作戦がもたらした戦勝の歓喜と戦争の惨禍、これを同時に分かち合うのが記念式典です。その全体像を忘れ、原爆にだけ焦点をあてて読み解くのは、客観性を欠いた日本的な見方と言わざるを得ません。, 映像でのJNNの貞包史明氏の解説を信じるかどうか、鵜呑みにするかどうかで、だいぶ見方が変わってくるでしょう。, 少なくとも長谷川氏のように、貞包史明氏の解説を鵜呑みにするのは危険ではないか、というのが私の見方です。, ちなみにJNNは、TBSつまり毎日新聞系列ですので、テレビ局の中では朝日新聞系のテレビ朝日と並んで、ある種の傾向があると私は考えております。, 重要なのは、日本人の視点から式典を見るのではなく、式典関係者の視点で見ることです。そうしてこそ、客観視ができ、相手のことが真に理解できるはずです。, 日本人は(他国もそういう面がありますが)、日本を中心に世界が回っている的に思いがちです。いわば天動説。報道にもそういう面が出てしまいます。, 核兵器は、世界の関心事であることはそのとおりですが、全ての行動を原爆につなげて解釈しようとするのは誤りでしょう。, JNNの画像自体は、時系列的に間違いではないのかもしれません。それはわかりません。(映像ごとの撮影時点が表示されていないので、どのタイミングの十字かなどは不明。), ただし、そこに解説をつけて「原爆投下映像に、プーチンは十字を切り、メルケルは顔をゆがめ、オバマは拍手した。オバマにダマされるな。」というようなネットに流布されているストーリーを鵜呑みにすることは危険だ、ということです。, ノルマンディーで戦勝に拍手するのもオバマ氏。広島で原爆の惨禍を語るのもオバマ氏。そのように理解すればいいと思います。「オバマ氏にダマされるな」という主張にダマされてはいけません。, 長谷川氏もいかにも日本的な見方ゆえに、JNNの報道にダマされてしまったのではないか、と私は考えます。, 私の分析にも多数の方が興味をもってくださっています。いくつかありがたいコメントを頂きました。ありがとうございます。そこで興味深い問題提起をいただきましたので、それを元に5つの問いとして考えてみました。, 上で「式典フル映像」として引用した映像は、式典のフル映像ではなかったことを申し添えます。オランド仏大統領の演説、映像と群像劇のパフォーマンスと首脳の反応を中心としたものです。そこには、オバマ米大統領の演説などは収録されていません。, President Obama's D-Day 70th Anniversary Address (June 6, 2014) - YouTube, 政治・社会問題を中心に、自由な思考を楽しむブログです。通説にとらわれない独自の視点からのお役立ち情報も。BLOGOSでも時々コメントしています。, munokilanさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog | バラク・フセイン・オバマ2 ... the United States has a moral responsibility to act.)。」と1945年の広島市、長崎市への原爆 投下に対するアメリカの責任に言及した 。 これを受け、2009年8月6日の広島市平和記念式典において秋葉忠利広島市長は平和宣言の中で「オバマジョリティ (Obamajority)」という造語 … ネットで「オバマ氏が原爆投下映像に拍手していた」という話しが拡散しています。私は「それは日本的な報道であり日本的な見方ではないか」と疑問を述べました。 いまだに「オバマ原爆拍手説」が圧倒的ですが、私の分析にも多数の方が興味をもってくださっています。 ブログを報告する, 3.原爆投下に賛否両論あるのを知っていれば、原爆投下の映像を避けられたのではないか?, 1.戦勝国として拍手することは、敗戦国の視点を無視した「原爆投下は正義」というアメリカ的視点ではないか?, 4.つまりオバマは政治的パフォーマンスの為に、核廃絶という信念を犠牲にしたのではないか?, 5.だから広島訪問は何の結果も産まない、単なる利己的な政治パフォーマンスではないか?, 中国の核戦略は相互確証破壊(MAD)の実現~南シナ海や尖閣だけではない、想像したくない近未来シナリオ…, 「オバマの広島」はどちらが正しいか〜「広島サミット誘致」日経説vs門田説を検証する〜, 蓮舫氏の国籍問題についての超基本QA~アゴラ池田氏を鵜呑みにする前にチェックしておきたいこと~. ネットで「オバマ氏が原爆投下映像に拍手していた」という話しが拡散しています。私は「それは日本的な報道であり日本的な見方ではないか」と疑問を述べました。, いまだに「オバマ原爆拍手説」が圧倒的ですが、私の分析にも多数の方が興味をもってくださっています。いくつかありがたいコメントを頂いています。そこで興味深い問題提起をいただきましたので、それを元に5つの問いとして考えてみます。, 「戦勝国として勝利に拍手する」ことと「原爆投下が含まれた映像に拍手する」こと、そして「原爆投下へ拍手する」ことは意味論として違います。, もちろん「原爆投下への拍手」にのみフォーカスする視点はあるでしょう。しかし、それは一つの視点に過ぎない、という点を指摘しておきたいのです。「拍手する側の動機」と「それを見た人の解釈」は、それぞれある意味で等価です。ただし、式典の全体像を無視して「切り取った解釈」を、そのまま正しいものと受け止めるのは、ちょっと危険だと思う。ネットやマスコミの拡散パターンの問題はそこにあるのです。, 「原爆投下が含まれた映像に拍手しているか」といえば、YESです。ですが、それは、ネットで拡散されている「原爆投下に拍手」していることとは異なります。もしも後者であれば、オバマは演説で触れるはずです。しかしオバマの演説には原爆は出てきません。ノルマンディ上陸作戦の意義を協調し、兵士を讃える演説です。, Remarks by President Obama at the 70th Anniversary of D-Day -- Omaha Beach, Normandy | whitehouse.gov, ところで、ここでメルケルが出席していることに注目しましょう。メルケルの出席の意義はなんでしょう。それは、式典が、戦勝国だけの戦勝記念式典ではない。ドイツは敗戦を受け入れ、そしてNATOの一員という同盟国として、今はともに平和と民主主義を守る側にいるのだ、ということを示すための出席でしょう。一方、プーチンは旧連合国(の承継国であるロシア代表)ですがNATOの仮想敵国という複雑な立場です。, ここで考えるべきは、戦勝国、敗戦国という捉え方で原爆投下を考えることは適切なのか、ということではないでしょうか。, 私が「オバマは戦勝国として拍手した」と書いたので、「敗戦国の視点は?」という問いが出たのかと思います。改めて考えると原爆投下については、戦勝国、敗戦国という整理は適切でしょうか。あえていえば、被害者(被爆者)の視点で見る、ということが大切ではないでしょうか。つまり戦勝「国」、敗戦「国」という国単位ではなく、その行為で死傷した人の視点こそが重要です。, 日本は自らをよく「被爆国」と表現します。それは日本政府の用語としては正しい。しかし考えてみると日本という国家が被曝したのではありません。投下したのは米国政府の意思であることは間違いないとしても、その惨禍を受けたのは、日本という国家というよりも、被爆者でしょう。, 原爆投下の本質的な問題は、国家対国家ではなく、国家対民衆(つまり人)と捉えることが適切ではないでしょうか。だから「原爆は人道上の問題」なのです。, したがって、「原爆投下を含んだ映像(とパフォーマンス)へのオバマの拍手」について、批判するとすれば、「被爆者の視点からみてどうか」という批判こそ、正当ではないでしょうか。世界には多数の視点があります。その一つとして「被爆者の視点」は重要ですので、その批判は批判として成立しえます。, なお、これを言い出せば「戦勝と解放を祝う各地の映像」への拍手でさえ、たとえばドレスデン爆撃の被爆者からみれば、「戦争犯罪者の拍手」という批判は免れ得ません。, 式典の映像が、原爆を機に戦争の惨禍に焦点を合ってたものに切り替わります。そこでオバマは拍手しつづけていたのでしょうか。おそらく、厳粛な表情をしていたものと推定するのが合理的ではありまんか。, 「オバマが原爆へ拍手、メルケルが拍手していない、プーチンの十字」という3点セットの報道が果たして、意味として正しいのか。JNNは主観に合う画面だけを切り取って報道したのではないか、という疑念を持っています。JNNがそうでない、と映像ごとにタイムスタンプをつけて証明してくれるといいのですが。, 十字については、現在、とかくキリスト教徒対イスラム教徒の「文明の対立」と捉える見方があるので、オバマが十字を切らなかったことはありうると考えます。静かに厳粛な表情を浮かべるということも一つの表現です。, 米国では、公式の場で、特定の宗教について表現することは、慎重に取り扱われる傾向にありますので。たとえば、クリスマスへの政府関係の公式コメントでは、「メリークリスマス」といわず、「ハッピーホリデー」と言う方向にあるようです。, 少なくとも、広島ではオバマは十字を切っていません。それでも十分に哀悼は表現されています。だからこそ、ノルマンディー記念式典での「オバマの拍手」がオバマ猿芝居説の論拠になっているわけです。, 人は報道されたものに反応しがちです。しかし、報道されなかったものについても思いを巡らすことが重要です。, 原爆には種々の要素があります。したがって「主催者があの場面で原爆映像を選択したのが適切だったのかどうか」については議論の余地があります。そもそも、ノルマンディー上陸作戦は欧州戦の一つの戦闘であるのに、「第二次世界大戦」の終結という、より大きな意義を付与しているわけです。その文脈の中で、原爆も登場したのでしょう。「原爆なしのノルマンディー式典」もありですし、「対日戦なしのノルマンディー式典」もありでしょう。「(対日戦なしで)欧州戦のみのノルマンディー式典」という位置づけならば、それもありだと思います。, ノルマンディーの式典を「世界大戦の終わり」の式典として位置づけた場合、原爆の映像につづいて惨禍の映像があり、という流れそのものは、第二次大戦をコンパクトにまとめたものとしては評価できます。, 原爆投下は、戦争が解き放った巨大な暴力であり、そこには悲劇が生まれた、というふうに理解できます。映像だけでなく、舞台上のパフォーマーの動きも含め、前回エントリーで触れたように、戦争の終わりであり、戦争がもたらしたものとして原爆を表現していると考えます。, ただし、セレモニーの流れとして拍手が必要になるので、それは非常に難しい問題をはらむとは思います。つまり、それが「戦勝への拍手」であっても、「オバマが原爆に(も)拍手した」ととられることは否定できなくなります。, 映像に原爆投下が含まれた時点で、「原爆投下を含む映像に拍手する」以外のオプションはなくなりました。勝利に拍手することが、最も戦った兵士に敬意を示すことになるからです。それなしでいかに兵士たちを讃えても、彼らには空疎に響くことでしょう。, オバマが広島で違うことを言えば、核廃絶は進んだのでしょうか? たとえば「原爆投下は間違いであった」とでも言えばいいのでしょうか。それは歴史認識問題がクローズアップされ、対立が表面化される危険はないでしょうか。私はそこを懸念します。, 「利己的」とは、オバマ個人のレガシー作りのため、また米国の独りよがり、という両面の理解が成り立ちます。その要素を私は否定しません。しかしより重要なのは、「わたしたちがどう受け止めるか」 ということではないでしょうか。, セレモニー、拍手、表情、演説、これらは全てパフォーマンスです。それは受け手があって初めて意味を持ちます。オバマを批判するのは簡単です。批判すべきないとは思いません。しかし、では「自分がオバマであったら、どう行動するか」ということを考えることが重要であると思います。, 「更なる対立を呼んでもいい」と考えるか、「(自分にとっての)100点満点でなければ受け入れない」とするか。それらは、わたしたちの主体的な解釈にかかっています。, 「オバマの拍手」は「戦勝国アメリカの視点」かもしれません。それを受け止めた上で、「人道を少しでも実現するためにはどうすればいいか」が私たちすべてへの問いとして残るのでしょう。, 「人道」に拠ってこそ、ノルマンディー上陸作戦に参加した兵士たちとも、私たちは連帯しうるのではないでしょうか。, 政治・社会問題を中心に、自由な思考を楽しむブログです。通説にとらわれない独自の視点からのお役立ち情報も。BLOGOSでも時々コメントしています。, munokilanさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog