独立前の民族主義運動期から独立後の過程において、様々な論者が国家的統一、あるべき国家像について、発言している。それらを概観するものとして、Herbert Feith and Lance Castle ed., 2018年4月20日の「日本インドネシア国交樹立60周年記念シンポジウム」(東京)における、, 石弘之著『歴史を変えた火山噴火 -自然災害の環境史-』刀水書房 2012年 123ページ, 村井吉敬・佐伯奈津子・間瀬朋子著『エリア・スタディーズ113 現代インドネシアを知るための60章』明石書店 2013年 38ページ, 村井吉敬・佐伯奈津子・間瀬朋子著『エリア・スタディーズ113 現代インドネシアを知るための60章』明石書店 2013年 316ページ, 村井吉敬・佐伯奈津子・間瀬朋子著『エリア・スタディーズ113 現代インドネシアを知るための60章』明石書店 2013年 271-272ページ, 村井吉敬・佐伯奈津子・間瀬朋子著『エリア・スタディーズ113 現代インドネシアを知るための60章』 明石書店 2013年 321ページ, 藤林泰「アルミニューム」/村井吉敬・佐伯奈津子編著『インドネシアを知るための50章』明石書店 2004年 27ページ, 村井吉敬「ニッケル」/村井吉敬・佐伯奈津子編著『インドネシアを知るための50章』明石書店 2004年 31-35ページ, 村井吉敬・佐伯奈津子・間瀬朋子著『エリア・スタディーズ113 現代インドネシアを知るための60章』明石書店 2013年 289ページ, 早瀬・深見、同上、291頁、を参照。なお、戦後も含めたインドネシア文学の歩みについては、, World Economic Outlook Database,October 2019, https://web.archive.org/web/20131112010148/http://sankei.jp.msn.com/world/news/131112/asi13111209000004-n1.htm, インドネシアのジョコ大統領、首都移転先にカリマンタン島の「北プナジャム・パスール県」「クタイ・カルタネガラ県」を選定, http://www.afpbb.com/article/economy/2965797/11274893, http://www.nikkei.com/article/DGXNASGV20001_Q3A620C1000000/, http://iresearch.worldbank.org/PovcalNet/povOnDemand.aspx, http://www.doingbusiness.org/reports/doing-business/doing-business-2011, ジャカルタ・ジャパン・クラブ「黄金の5年間に向けて-ビジネス環境の改善に向けた日本企業の提言-, http://www.jica.go.jp/publication/j-world/1005/pdf/tokushu_06.pdf, http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38634, http://www.asahi.com/articles/ASG9C4DP4G9CPLFA001.html, 2010 Population Census - Population by Region and Religion - Indonesia, (世界発2019)テロリストの子、「穏健化」学校/インドネシア、元テロリストの挑戦, http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2012/03/post-2471.php, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=インドネシア&oldid=80268779, 奥源造編訳『アフマッド・スバルジョ著 インドネシアの独立と革命』龍渓書舎、1973年, イ・ワヤン・バドリカ著、石井和子監訳、桾沢英雄・菅原由美・田中正臣・山本肇訳『世界の教科書シリーズ20 インドネシアの歴史-インドネシア高校歴史教科書』明石書店 2008年. これに対し、日本のODAは、ハード・インフラ整備の支援に加え、近年は統治能力支援(ガバナンス支援)などソフト・インフラ整備の支援も行っている。警察に対する市民警察活動促進プロジェクトは、日本の交番システムなどを導入しようというものであり、日本の技術支援のヒットとされている[59]。また、投資環境整備に直結する支援としては、知的財産権総局を対象とした知的財産に関する法整備支援も継続されている[60]。一方、法的なエンフォースメントの最後を担うことになる裁判所を対象とした法整備支援は、2009年まで行われていた[61]。, 2013年時点では、東南アジア全体でも有数の好景気に沸いており、日本からの投資も2010年には7億1260万ドル(約712億6000万円)であったのが、2012年には25億ドル(約2500億円)へと急増している[34]。しかしナショナリズムが色濃く、2013年2月には当地を中心に石炭採掘を行っている英投資会社ブミPLCの株主総会が、同社の大半の取締役や経営陣を追放するというロスチャイルドによる提案の大部分を拒否した[62]。これと関連して、国の経常赤字と資本流入への依存、貧弱なインフラや腐敗した政治や実業界など、いくつかの問題点も指摘されている[63]。2014年の国際協力銀行が日本企業を対象に行ったアンケート調査では、「海外進出したい国」として、中国を抜いて1位となった[64]。, 技能実習制度などで、日本へ渡航して働くインドネシア人も多いが、人権保護や賃金支払いなどでトラブルも起きている[65]。, 2010年の総人口は2億3,764万1326人(男性1億1963万913人、女性1億1801万413人)で、中国、インド、アメリカに次ぐ世界第4位[66]。2017年は2億6199万人[67]。今後も人口ボーナスにより人口は着実に増加してゆく傾向にあり、2050年の推計人口は約3億人。全国民の半分以上がジャワ島に集中しているため、比較的人口の希薄なスマトラ島、カリマンタン島、スラウェシ島に住民を移住させるトランスミグラシと呼ばれる人口移住政策を行ってきた。2019年4月29日には、ジョコ政権がジャワ島外への首都を移転する方針を閣議決定した[68]。 ジョコ・ウィドド大統領は同年8月、自身のTwitterで首都の移転先をボルネオ島と発表した。[69], 大多数がマレー系で、彼らが直系の祖先であり、原マレー人と新マレー人の2種類に分けられる。原マレー人は、紀元前1500年頃に渡来した。原マレー人は先住民よりも高度な文化を持っていた。原マレー人は後から来た新マレー人によって追われていくが、ダヤク人、トラジャ人、バタック人として子孫が生存している。新マレー人は、マレー人、ブギス人、ミナンカバウ人の祖先であり、紀元前500年頃に渡来した。渡来時には青銅器製作の技術を獲得しており、数百年後には鉄器を使用し始める。彼らの使用した鉄器がベトナム北部のドンソン地方で大量に発見されていることから「ドンソン文化」と呼ばれる[70]。, ほかに約300の民族がおり、住民の内、ジャワ人が45%、スンダ人が14%、マドゥラ人が7.5%、沿岸マレー人が7.5%、その他が26%、中国系が約5%となっている。, 父系・母系を共に親族とみなす「双系社会」であり、姓がない人もいる(スカルノ、スハルトなど)。, なお、法務省の統計では、2014年末では30,000人超、2018年では55,000人超のインドネシア人が日本に在住している[71]。, 公用語はインドネシア語であり、国語となっている。会話言語ではそれぞれの地域で語彙も文法規則も異なる583以上の言葉が日常生活で使われている。インドネシア語が国語と言っても、日常で話す人は多くて3,000万人程度である。国の人口比にすると意外と少ないが、国語になっているため第2言語として話せる人の数はかなり多い。また、首都ジャカルタへ出稼ぎに向かう人も多い為、地方の人でもインドネシア語は必須であり、話せないと出稼ぎにも影響が出てくる。, インドネシア語、ジャワ語、バリ語などを含むオーストロネシア語族の他に、パプア諸語が使用される地域もある。, 憲法29条で信教の自由を保障している。パンチャシラでは唯一神への信仰を第一原則としているものの、これはイスラム教を国教として保護しているという意味ではない。, 多民族国家であるため、言語と同様、宗教にも地理的な分布が存在する。バリ島ではヒンドゥー教が、スラウェシ島北部ではキリスト教(カトリック)が、東部諸島およびニューギニア島西部ではキリスト教(プロテスタント、その他)が優位にある。アチェ州では98%がイスラム教徒で、シャリーア(イスラム法)が法律として適用されている[73]。, 2010年の政府統計によると、イスラム教が87.2%、プロテスタントが7%、カトリックが2.9%、ヒンドゥー教が1.6%、仏教が0.72%、儒教が0.05%、その他が0.5%となっている。, イスラム教徒の人口は、1億7000万人を超え、世界最大のイスラム教徒(ムスリム)人口を抱える国家となっている(インドネシアは政府としては世俗主義を標榜しており、シャリーアによる統治を受け入れるイスラム国家ではない)。ただし、ムスリムにはイスラム原理主義者や保守派もおり[74]、ジェマ・イスラミア(JI)のようにテロも辞さないイスラム主義組織もある。治安当局による摘発のほか、穏健派による啓発活動も行われている[75]。, また、イスラム教はジャワ島やスマトラ島など人口集中地域に信者が多いため、国全体でのイスラム教徒比率は高いが、非イスラム教徒の民族や地域も実際には多い。カリマンタン島やスラウェシ島ではちょうど、イスラム教徒と非イスラム教徒の割合が半々ほど。東ヌサトゥンガラから東のマルク諸島、ニューギニア島などではイスラム教徒比率は一割程度である(それもジャワ島などからの移民の信者が大半である)。またイスラム教徒多数派地域であっても、都市部や、スンダ人、アチェ人地域のように比較的、厳格な信仰を持つものもあれば、ジャワ人地域のように、基層にヒンドゥー文化を強く残しているものもある。また書面上はイスラム教徒となっていても、実際にはシャーマニズムを信仰している民族も有る。, 魔術師・呪術医と、精霊を含めた超自然的な力を信じる人[76]や、「お化け」の存在を肯定するインドネシア人は多い[77]。, なお、信仰の自由はあるといっても完全なものではなく、特に無神論は違法であり、公言をすると逮捕される可能性もある[78]。, 夫婦別姓が基本。ただし通称として夫の姓を名乗ることも多い。男性側が改姓することも可能である[79]。, 教育体系は、教育文化省が管轄する一般の学校(スコラ sekolah)と、宗教省が管轄するイスラーム系のマドラサ (madrasah) の二本立てとなっている。いずれの場合も小学校・中学校・高校の6・3・3制であり、このうち小中学校の9年間については、1994年、義務教育にすると宣言された。スコラでもマドラサでも、一般科目と宗教科目を履修するが、力点の置き方は異なる[80]。, 大学をはじめとする高等教育機関も一般校とイスラーム専門校に分かれており、前者については1954年に各州に国立大学を設置することが決定された。以下は代表的な大学のリストである。, 2011年の推計によれば、15歳以上の国民の識字率は92.8%(男性:95.6%、女性:90.1%)である[81]。2010年の教育支出はGDPの3%だった[81]。, 民族・宗教などの多様性や、過去のオランダやポルトガル、イギリスなどの分割統治の影響でいくつかの独立運動を抱えている。紛争に発展したアチェ独立運動などもあった。東ティモールは独立運動の末、国連の暫定統治を経て2002年に独立したが、パプア州(旧イリアン・ジャヤ州)において独立運動が展開されており、カリマンタン島では民族対立が、マルク諸島ではキリスト教徒とイスラム教徒の宗教対立が存在する。アチェ独立運動は2004年のスマトラ島沖地震の後、2005年12月27日に終結した。, 宗教・文化は島ごとに特色を持つが、日本ではバリ島のガムランなどのインドネシアの音楽や舞踊が知られる。またワヤン・クリと呼ばれる影絵芝居や、バティックと呼ばれるろうけつ染めも有名である。, 高温多湿な気候と丹念に洗濯する国民性のため、洗濯機は全自動式ではなく洗濯板が付いた二槽式が主流とされる[82]。, 多彩な香辛料や蜂蜜などを調合した「ジャムウ」と呼ばれる伝統薬が広く生産・販売されている[83]。, インドネシア文学をインドネシア語、またはその前身であるムラユ語で、インドネシア人によって書かれた文学作品のことであると限定するならば、それは民族主義運動期に生まれたと言える。1908年、オランダ領東インド政府内に設立された出版局(バライ・プスタカ)は、インドネシア人作家の作品を出版し、アブドゥル・ムイスの『西洋かぶれ』(1928年)など、インドネシアで最初の近代小説といわれる作品群を出版した[84]。, また、インドネシア人によるインドネシア語の定期刊行物としては、1907年にバンドンで、ティルトアディスルヨが刊行した「メダン・プリヤイ」が最初のもので[85]、その後、インドネシア語での日刊紙、週刊誌、月刊誌の刊行は、1925年には200点、1938年には400点を越えていた[86]。, 20世紀の著名な文学者としては、『人間の大地』(1980年)、『すべての民族の子』などの大河小説で国際的に評価されるプラムディヤ・アナンタ・トゥールの名を挙げることができる[87]。, サッカーは最も人気のあるスポーツである。また、バドミントンが盛んでありオリンピックで獲得したメダルの半分以上がバドミントンによるものである。ボクシングではWBA世界スーパー王者クリス・ジョンを生んだことで知られる。, インドネシア | シンガポール | タイ | フィリピン | マレーシア | ブルネイ |  ベトナム | ミャンマー | ラオス | カンボジア, イラク | イラン | クウェート | サウジアラビア | ベネズエラ |  リビア | アラブ首長国連邦 | アルジェリア | ナイジェリア | アンゴラ | エクアドル, 座標: 南緯6度10.5分 東経106度49.7分 / 南緯6.1750度 東経106.8283度 / -6.1750; 106.8283 (インドネシア), 但し税務裁判所の人事と予算は引き続き財務省管轄化にある。税務裁判所の裁判に対する不服申立ては最高裁判所に対して行われる。, スハルトがゴルカルを支持母体として政権運営していたのは有名であるが、スハルトはゴルカルの党員でも党首でもない「ただの人」であった。その「ただの人」をゴルカルをはじめとするグループが大統領として推挙するという形式をとっていた。, ユドヨノは民主党最高諮問会議議長として党の最高権力を保持していたが、相次ぐ民主党不祥事によりアナスの党首続投が不可能な情勢となったため2013年3月31日の臨時党大会において党首に就任し自ら党運営を行うこととなった。, 2001年にメガワティと組んで副大統領に就任。2004年大統領選挙において大統領候補。, 『岩波講座アジア・太平洋戦争1 なぜ、いまアジア・太平洋戦争か』(2005年)所収、倉沢愛子著「20世紀のアジアの戦争-帝国と脱植民地化」226ページ, 8月14日に日本降伏は予告されていない。アフマッド・スバルジョ著、奥源造編訳『インドネシアの独立と革命』(1973年)93頁、95頁他。.