【ホンシェルジュ】 19世紀から20世紀初頭にかけておこなわれた「アフガニスタン戦争」と、20世紀後半から現在も続く「アフガニスタン紛争」。この記事では、アフガニスタンを舞台にした2つの戦いについて、原因や目的、経緯、現状などをわかりやすく解説していきます。 総選挙を実施したにもかかわらず、タリバンは勢力を増し、カルザイ大統領は二枚舌の信頼できない指導者との評価を得た。アフガニスタンは以前の状態に戻りつつあった。2009年2月には、就任したばかりのバラク・オバマ米大統領が、アフガニスタンに1万7000人を増派すると発表。「悪化の一途をたどるアフガニスタン情勢の安定化」を目指した。 2001年の9.11テロの後に米国が侵攻したアフガニスタンは、対テロ戦争の時代の幕開けを告げた国である。2001年にタリバン政権は一気に崩壊した。 ユニセフ(国連児童基金)が本日発表した報告書「学校に通えない子どもたちに関する世界イニシアティブ:アフガニスタン国調査(原題:Global Initiative on Out-of-School Children: Afghanistan Country Study)」によると、アフガニスタンの7歳から17歳の子どもの約半数にあたる370万人が学校に通って … アフガニスタンの現状 アフガニスタンは20年以上に渡る侵略や内戦、そして4年に渡る干ばつによって大変なダメージを受けました。 現在でも全ての生活物資が不足しているばかりか住居や水といった生きる事に必要な最低限の条件も満たされていない状況です。 97年1月現在でも、270万人弱の難民がパキスタン(120万人)、イラン(140万人)等に滞留しています。また、アフガニスタン国内の国内避難民は、判明しているだけで30万人を超えています。 タリバーン(「求道者達、あるいは神学生達」の意) 2009年10月3日、タリバン兵300人が、アフガニスタン東部の山間部に展開する米軍の拠点を襲撃した。この戦いで米兵8人、タリバン兵およそ150人が死亡。アフガニスタン紛争における最大規模の戦闘と … しかし、治安は再び悪化し、タリバンなど反政府武装勢力とアフガニスタン国軍、多国籍軍の戦闘は激しさを増しました。 2014年末には多国籍軍からアフガニスタン側への治安権限が委譲され、多国籍軍の撤退が進められましたが、治安はその後も悪化の一途をたどっています。 1979年から1989年まで続いたソ連軍の侵攻(※1)が終わり、軍が撤退した後のアフガニスタン国内では支配権をめぐって武力衝突が頻発していた。そのさなかの1994年にパキスタンとアフガニスタンの国境でタリバンは組織された。厳格なシャーリア法(※2)の適応によって、武力紛争に疲弊した国土・人々の立て直しを訴えた武装勢力だった。「タリバン」とはアラビア語で「神学生」を意味しており、これはイスラ … タリバンは、パキスタン軍の情報機関であるisiや、サウジアラビアからの支援を受けて結成されたイスラム主義組織のこと。混乱が続くアフガニスタンの現政権を見限り、タリバンがアフガニスタンを統一するよう仕向けたのです。テロ組織アルカイダもタリバンを支援します。 国連制裁委員会が指定したタリバーン関係者等に関するリスト(外務省) タリバーン関係者等と関連すると疑われる取引の届出について(金融庁) タリバン政権下のアフガニスタン軍; 参考サイト.