沿岸警備隊は16隻の艦船を保有している。, 北キプロスを国家承認する国はトルコ共和国以外に存在しない。(一方のキプロス共和国は国際連合加盟国の193ヶ国中、トルコ以外の192ヶ国から国家承認を得ている)キプロス共和国からの分離に至る経緯から、建前としては独立国家という形をとっているが、独立後も実際にはトルコの強い影響下に置かれている傀儡政権とみられている。首都レフコシャ(ニコシアのトルコ語名)において、国会の建物よりもトルコ大使館の方が大きい。そのため、トルコ軍の支援なしに独立できなかったのだから国家の要件たる実効的支配をなしうる政府が欠けているとして、北キプロスは国家として国際法上成立していないとする学説もある(小寺他「講義国際法」より)。前述のとおり日本政府は北キプロスを国家承認しておらず、その領土については「トルコ軍実効支配地域」と呼称している。, 元々、キプロス共和国の独立(1960年)以前から、トルコ系住民の間にはキプロス島をトルコ系とギリシャ系の領域に分割してトルコに帰属させるべきとの主張があり、トルコはキプロス問題の行方によっては北キプロスを併合することもありえるとしてきたほどである。近年のトルコ共和国は、国際連合案による統合住民投票に賛成するなど、EU加盟交渉をにらんでキプロス問題に対する態度を柔軟化させているが、一方で依然として南のキプロス共和国の承認を拒み、北キプロスから手を引かない姿勢も見せている。, ヨーロッパ諸国は、1974年のトルコによる北キプロス占領以来、北キプロスに対して経済制裁を加え、通航、通商などを厳しく制限してきた。2004年にはキプロス共和国のヨーロッパ連合(EU)加盟に先立って行われた住民投票で北キプロスの住民の大多数が再統合に賛成したことが評価され、EUは経済制裁の解除、経済支援の実施を表明したが、加盟国キプロス共和国の反対等により規模を制限された。, また、トルコも参加するイスラム諸国会議機構 (OIC) は以前から北キプロスをオブザーバーとして参加させてきたが、2004年に参加体の名目を「キプロス・ムスリム・トルコ共同体」から「トルコ系キプロス政府」に改めた。ただし、この措置はOICがキプロスを国家として承認したわけではなく、先の住民投票で用いられた北キプロス政府に対する呼称を尊重したものであると説明されている。, 国土面積(実効支配地域)はキプロス島の約36%を占め、現在の沖縄県に奄美群島を足した面積にほぼ等しい。北キプロスは5つの地区に分かれている。, トルコのみが承認する独立国家であるという事情から、貿易相手がトルコのみに限られ、外国からの資本導入も難しいという事情のために、欧州連合加盟を果たした南キプロスに対して、大きな経済格差を起こしている。北キプロス独自の通貨はなく、トルコの通貨を用いている。2005年の新トルコリラ導入を経て、現在の通貨はトルコリラ(TRY)である。トルコに経済的に依存しているため、1990年代以降、旧トルコリラ(TRL)のインフレーションの影響を受けて苦しんだ。, 観光客の誘致を進めるために、トルコでは禁止されているカジノがあるが、後述する交通の問題と入国上の不利もあり、観光産業は南キプロスと比べると好調とは言えない。, 近年では教育産業が意外な発展を遂げている。欧州・アフリカ・中東のいずれからも近く、強大なトルコ軍の支援があるため治安がよい。また欧州よりも生活費が安く、英語で授業を受けることができる。この地域特有の理由としてグリーンラインなど国家分断の現実を目の当たりに出来る事から、政治家や外交官を目指して政治学や国際関係学を志す学生に「魅力的」な環境という。ほかに目立った産業がないこともあって、北キプロスでは2009年の歳入の1割以上が大学関連収入となっている[4]。, 2008年の推定GDPは39億ドル。一人当たりGDPはキプロス共和国の約2/3と推計されている。, キプロス全域に住むトルコ系住民の98.7%が居住しているといわれ、トルコ共和国から移住してきたトルコ人とあわせてトルコ語を母語とするトルコ系住民が全人口の99%を占める。, 宗教は99%がムスリム(イスラム教徒)で、ごく少数のギリシャ系の正教会信徒のほか、マロン派キリスト教徒、バハーイー教徒などがいる。, 国営のキプロス・トルコ航空 (Kıbrıs Türk Hava Yolları) がレフコシャのエルジャン (Ercan) 空港とトルコのイスタンブール、アンカラ、イズミル、アダナの各都市の間を結ぶ便のほか、トルコ本土経由ロンドンへの便も運航していたが、2010年6月21日にトルコ政府により運航停止となった[1]。なお、キプロス・トルコ航空の航空機は、国籍記号にトルコのTCを用いていた。, 北キプロスは独立国として国際的に承認されていないため、パスポートに北キプロス入国印が押されていると、キプロス共和国に不法入国したとみなされ、南キプロスとギリシャへの入国ができなくなる。ただ、この問題は入国審査の際、北キプロス入国印を別紙に押してもらうことで回避することができる。, 首都レフコシャ(Lefkoşa 英語名ニコシア)は、円形の城壁を持つが、町の中心に国連の設定した緩衝地帯(グリーンライン)がひかれ、北キプロスと南キプロスに分断されている。レフコシャやギルネを始め、東ローマ帝国、オスマン帝国の残したモスク、修道院、城などの遺跡が多い。東部のガーズィマウサ(Gazimağusa 英語名ファマグスタ)の海岸沿いには、放棄されたおびただしい数のホテル群とギリシャ人地区が今も残る。, 南北間の往来に関しては、これまでは外国人のみレフコシャのレドラパレスホテルにある検問所を通過する形での、南から北への1日訪問のみが可能であったが、2005年よりキプロス共和国、北キプロス・トルコ共和国間の往来に関する規制が大幅に緩和され、南北キプロス国民の往来も可能となった。また、従来のレドラパレスホテルの南側の検問所に加え、レフコシャ繁華街のレドラ通りなど島内7か所のチェックポイントにてキプロス共和国側の係官にパスポートを提示した上で、北側の検問所において別紙に入国証印を捺印する形式がとられるようになった。南側から入国した場合の南北越境は自由だが、北側に最初に入国した場合の越境はEU市民に限られている。なお、現在では捺印式は廃止され、代わって出入国時にはパスポートをスキャンする方式へと変更されている。, なおキプロス共和国側は、合法的な往来に際しても、北キプロス国内において占領当時ギリシャ系キプロス人が所有していたホテルへの宿泊を行うことは訴訟のリスクを負うものだとする公式見解を発し、注意を呼びかけている。, トルコと同じ.trが使われる場合もある。.nc.trは.trのセカンドレベルドメイン。, トルコと国内電話網を共有。トルコからは国内として、他の国からはトルコと同じ国際電話番号90を用いて通話が可能。, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=北キプロス・トルコ共和国&oldid=80219396. トルコの都市といえば、イスタンブールを思い浮かべるひとがほとんどでしょう。 イスタンブールは、人口が955万(2003年現在)でトルコ第一の都市ですが、首都ではありません。 首都はアナトリア半島中央部にある、人口373万のアンカラです。 アンカラという都市自体はオスマン帝国の成立以前から存在しました。アンキュラから始まり、ローマ帝国支配下でアンゴラ、そしてイスラーム勢力に組み込まれてトルコ人によって呼ばれた名称がアンカラでした。オスマン帝国期のトルコではアンカラは小規模都市に過ぎず、今となっては知名度が高くないエスキシェヒルの方が重要度が高かったほどでした。 しかし、第1次世界大戦が終結すると転機を迎えます。敗戦国となったオスマン帝国は戦勝国(英仏ギリシャ)によって分割され、これに反発し … 83,154,997人(2019年、トルコ国家統計庁) 3 首都. 首都の一覧(しゅとのいちらん)は、現存する世界の国の首都を五十音順に並べた一覧。. アンカラ. 株式会社ゆうちょ銀行および日本郵便株式会社が発行するプリペイドカード・デビットカード。国際的なクレジット決済ブランドであるVisaの加盟店で利用できる。年会費は無料で、満12歳以上(小学生を除く)のゆ... 「コトバンク」は朝日新聞社の登録商標です。「コトバンク」のサイトの著作権は(株)朝日新聞社及び(株)VOYAGE MARKETINGに帰属します。 イスタンブール ( トルコ語: İstanbul [isˈtanbul]、 英語: Istanbul [ˌɪstænˈbuːl]、 ラテン語: Constantinopolis コンスタンティーノポリス、 ギリシア語: Κωνσταντινούπολις コーンスタンティヌーポリス /現代ギリシア語 Κωνσταντινούπολη コンスタンディヌーポリ)は、 トルコ 最大の都市であり、経済・文化・歴史の中心地。. 西欧諸国一覧. イスラム教(スンニ派、アレヴィー派)が大部分を占める。 北キプロス・トルコ共和国(きたキプロス・トルコきょうわこく、トルコ語: Kuzey Kıbrıs Türk Cumhuriyeti; KKTC)、通称北キプロスは、キプロス島の北部に存在する国である。1983年、隣国トルコの軍事的な後ろ盾を得てキプロス共和国からの独立を宣言した。トルコ以外からの国家承認は受けていないが、キプロス共和国の実効支配は及んでいない。, 1960年にイギリスからの独立を達成したキプロスでは、人口の8割を占めるギリシャ系住民を中心にギリシャとの合併を求める声が根強く存在していた。これを背景に1974年7月15日、ギリシャ合併推進派によるクーデターが発生、これに対しトルコはトルコ系住民の保護を目的に派兵しキプロス島北部を占領した。これ以後キプロス全島からトルコ軍占領地域にトルコ系住民が移住する一方、トルコ軍占領地域内のギリシャ系住民は南部に続々と脱出、トルコ系住民が圧倒的多数派を占める北キプロスの版図が確立された。, トルコ系住民はトルコの庇護のもと翌1975年にキプロス連邦トルコ人共和国を結成し、キプロス共和国の連邦国家としての再編成を要求した。これを受け1970年代を通じて国際連合の仲介により断続的に統合交渉がもたれたが、南キプロスがクーデター以前の体制の復活を要求したのに対し、北キプロスは南北キプロスによる対等な連邦国家樹立を要求するなど交渉は折り合いを見せず、北キプロス側は1983年11月15日に独立を宣言した。これにより両国の分断状態は確定したものとなった。, 2004年、国連は連邦制による再統合案を示して交渉を仲介し、南北同時住民投票にこぎつけたがこれも南側の反対多数により否決された。この結果を受けて分断状態の長期化、固定化を懸念したヨーロッパ連合 (EU)は北キプロスの経済支援を開始し、直接通商の解禁を表明するなど北キプロスを独立国家として認め、実質的に国際社会へ参加させようという動きも起き始めている。, 2016年11月7日、南北キプロスの再統合交渉がスイスのモンペルランにて開催。再統合後に連邦制を採用することが合意され、年内の包括合意を目指して協議を進めることとなった[2]

デジタル大辞泉 - アンティオキアの用語解説 - トルコ南部の小都市アンタキヤの古称。前300年ごろ古代シリア王国のセレウコス1世が首都として建設。のちエルサレムに次ぐ初代キリスト教会の中心地。 ©The Asahi Shimbun Company / VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved. 首都名・国名は原則として『2003年版 世界の国一覧表』(外務省編集協力、(財)世界の動き社)に準拠した(イギリス、中国などを除く)。 掲載基準は国の一覧と同様(バチカン、モナコ、香港は除く 4 民族 トルコ人 (南東部を中心にクルド人、その他アルメニア人、ギリシャ人、ユダヤ人等) 5 言語. No reproduction or republication without written permission. また、当サイトで提供する用語解説の著作権は、(株)朝日新聞社及び(株)朝日新聞出版等の権利者に帰属します。